Talking About Your Hair

May 21, 2012 at 11:15am
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Reblogged from mdnlvs

インタビュアー「現代におけるオルタナティブって何だと思いますか?」
中原昌也「インターネットに接続しないこと」

— アルバム全曲レビュースレ(in 2ch.邦楽板)勝手にまとめサイト:Hair Stylistics (via mdnlvs)

(via mdnlvs)

May 18, 2012 at 4:47pm
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Reblogged from aurorae

人を一番わくわくさせるのは、
誰かが何かにわくわくしている姿ですから
堂々とわくわくしてればいいんです。

大丈夫。

— Twitter / lizard_isana 誰かがGJと親指を立てること… (via handa)

(via h-yamaguchi)

4:45pm
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Reblogged from stilllll

『趣味が仕事だよ。結局好きなことが仕事になっとるから。殺すぞって脅かされても好きなことやって仕事爆発させないとダメ!そうすると神さんがちゃんと認めて援助してくれる。でも、いい加減な気持ちでやってると貧乏しちゃうよ。』──水木しげる

— 

(Source: twitter.com, via stilllll)

3:24pm
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Reblogged from katoyuu

「嫌ならやめろ」と言うのは許されるのに、「嫌だからやめる」は甘えと見なされる矛盾を誰か説明してください

— 

Twitter / @nichego55

2011-10-06

(via atm09td)

(Source: katoyuu, via h-yamaguchi)

May 13, 2012 at 10:37am
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ほかの業界、ほかの国、ほかの時代に行われていることで「これは良い」というアイディアは「TTP(徹底的にパクる)」すれば良いのである。

—  瀧本哲史『僕は君たちに武器を配りたい』181頁

10:09am
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ユニクロは戦略的に自社のブランドを、「効率的で、合理的で、洗練されている」とイメージづけた。そのためユニクロで売っている洋服を着る行為も、「合理的で効率的なライフスタイルの選択」と見られるようになり、安くてダサい洋服を着ている人、とは見られることがない。そのため人は、ユニクロを着ていても恥ずかしくならないのである。

— 瀧本哲史『僕は君たちに武器を配りたい』140頁

May 11, 2012 at 10:29am
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Reblogged from bootyoftheday

come-back-nikki:

jvmxs:

lacigreen:

popularmechanic:

colecainemuse:

lmao

i really wanna know who came up with the first ones

i love the internet

omg x)

I CANT EVEN!! LMAOO!

I am THRU!!!!!!!

(via iknowiknowiknowiknow)

May 10, 2012 at 10:10am
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2004年6月10日(木)
柄谷行人氏の「隠喩としての建築」を読む。
その中にマルクハーンという批評家の言葉が載っていてそれがすごく気になった。
「彼は初期印象派の絵画はテレビの画面を先取りするものだ」と書いてあった。
いずれも点の集積で画像をつくるからだ。
つまり、近代絵画や文学はテクノロジーと関係しているどころか、それ自体テクノロジーなのである。これは非常にショッキングな言葉である。
芸術家らしい、それっぽい作品が多く作られる今、この言葉はすごく意味を持ってくると思う。
新しい感覚を私たちがそれらの作品から感じたとき、それは新しいテクノロジーを意味するのではないかということだ。

— 

(Source: 0yenhouse.com)

10:07am
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2004年6月7日(月)
午後6時より新橋ヤクルトホールで福田和也vs柄谷行人の公開対談を見に行く。
題目は「21世紀の世界と批評」。
物質と観念の二項対立のものだった世界が、情報によって壊され、物質も観念も情報に取って代わってしまったという話から始まる。
そのことはハイデガーが言っているのだが、コンピューターの出現で哲学が死んでいく。
そのまま話はナチス時代にドイツに協力していたフランス人(コラボと呼ばれていた。)につながり、ハイデガーはその時の書簡にナチスがアメリカ二ズム、グローバリゼーション(ハイデガーも一時ナチスにコミットしていた。)に抵抗できる可能性のあるものとみていたと書いているらしい。
市場経済におけるグローバリゼーションは個人を希薄にするもので、それに対抗するするものとして完全な個人性として何があり得るのかという話に変化していく。
1930年代は資本主義にたいして文学や国家が抵抗していたが、現在はグローバリゼーションの波を受け、国家というものも消え、文学で抵抗するというのももう無理があると。
それでは何かというと柄谷氏は(普遍)宗教と語る。
どのような宗教かというのには今回触れなかったが・・.福田氏は暴力についてアルジェリアの思想家のファノンを取り上げる。
「黒人は白人によって受けた迫害の傷は、‘暴力‘によって抵抗した時に回復する。」
この言葉は今の世界情勢も物語っている。
じゃあそのなかで文学が出来ることは何もないのか?
そこで福田氏は、小説は、小説にしかできない事を、映画が登場してから始めたことを言った上で、小説にできるのは、映像化できない、人間の内面、認識の運動の時間であると言う。
内面を通過する時間。
ドンキホーテのような叙事詩は完成された世界で全て物事が成立しているために内面の世界が存在しない。
しかし、近代文学はこわれた世界に住む、こわれた人間のこわれた事物を扱っているので内と外が顕在化し、偽善が存在する。
村上春樹についても話し、彼の作品は、内面と外面の区別が無い状態であるという。
しかも、そのスタイルも形式化することで社会も現実も存在しないような状態になり、彼のスタイルがそうなることにつれて、世界中で彼の作品が読まれる(グローバリゼーション化)ようになった。
本居宣長の話になり、彼のいっていた「大和心」と「唐心」のことの説明。
そこで宣長の「大和心」とは、好きな事をして、食べたいものを食べ、好きな女性と遊びまくるというような意味だったらしい。
理性を超えていく超感性のことだ。
ハイデガーはニーチェの「神が死んだ」という言葉を神が本当に死んだという意味ではなく、神と物質の境界線が死んだということであり。
神の中に物が存在し、物の中に神が存在する。
そしてそれらをそう現すのは「情報」であるという事も彼は指摘する。
人間ではないのだ。人間はそのネットワークのインターフェイスでしかない。(ボルツ)
そのような情報化時代の日本を福田氏は年の差のギャップが希薄になっている状態であるという。
そのような時代は以前にも一度あった。
それは皆が浮世絵、歌舞伎、相撲を見、十代の少年が40歳の中年に勉強を教えたりしていた「江戸」である。
現代日本の「江戸化」。話は、世界自体も「江戸化」が進んでいるというところで終わった。
かなり興味ぶかい話だったが、批評家が今現在の文学を批評しない対談とは、これからどうなるのか彼らも分からないのだろう。

— 

(Source: 0yenhouse.com)

May 8, 2012 at 8:00am
267 notes
Reblogged from aosakana
magicboysclub:

aosakana:

クラブでダンス禁止令の張り紙を発見。どういう事なの…… … on Twitpic

FUCK

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aosakana:

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(via iknowiknowiknowiknow)